*本ページはプロモーションが含まれています

映画「四月の永い夢」を観た感想



四月の永い夢のあらすじ(ネタバレ)

27歳の滝本初海(朝倉あき)は3年前の春に初恋の人,風間憲太郎を亡くした.それをきっかけに音楽教師を辞め蕎麦屋でアルバイトをしながら一人で小さく暮らす.7月のある朝,初海のもとへ憲太郎の両親から一通の手紙が届く.その手紙には憲太郎からの最後の手紙が同封されていた.しかし初海はその手紙を開けることができず引き出しの中へ仕舞い込む.

初海は毎日を忙しく過ごすことで,過去の気持ちを少しでも忘れようとしていた.ある日,お客さんから声をかけられる.「今度,個展をやるので見に来てください」そう言ったのは近くの染物工場で見習いとして働く志熊藤太郎(三浦貴大)だった.初海は戸惑いながらもその個展のチラシを受け取る.

順調そうに見えた蕎麦屋のアルバイトだったが,蕎麦屋の女将,忍(高橋由美子)から突然の閉店を告げられる.戸惑う初海に「次の仕事をみつけなよ」と優しく声をかける忍.そうして時間をもらった初海だったが,なかなか気分が乗らずダラダラと過ごす日々が続く.

ある日,映画へ出かけた初海はそこで昔の教え子の村松楓(川崎ゆり子)と出会う.楓は同棲している彼氏からDVを受けており,その相談をうけた初海は一晩だけ泊めてあげることに.その夜,楓は初海がお風呂に入っている間に出来心から家の中を物色してしまう.そのとき偶然見つけたのが憲太郎からのたくさんの手紙だった.

次の日,初海は学生時代からの友人の朋子(青柳文子)と会う約束をしていた.朋子は中学校で音楽教師として働き,産休のため代わりとなる先生を探していた.初海が仕事を探していることを知った朋子は話を持ちかける.しかし初海はすぐに新しい職場へ進む決断をできないでいた.

そして同日,楓は彼氏と住むマンションから逃げ出そうとする.しかし,彼氏の予期せぬ帰宅にパニックになった楓は初海に助けを求める.急遽駆けつけた初海はその場からなんとか楓を救い出し,しばらく一緒に暮らすことになる.

7月の終わり,初海は楓と一緒に蕎麦屋の所属する商工会主催のBBQへ参加する.たくさんの人が参加する中に藤太郎の姿もあった.その帰り道,忍の意図もあって初海と藤太郎は二人で帰宅する.その途中,藤太郎は自分の職場を案内する.

気持ちを上手に伝えられない藤太郎だったが,初海は藤太郎との時間を少し楽しく感じる.初海はその帰り道にお気に入りの 赤い風船「書を持ち僕は旅に出る」を聴きながらご機嫌になる.しかし唐突に軽やかな足取りと音楽を止めてしまう.

数日後,朋子の勧めもあり,彼女の勤める中学校の校長先生と面談をする.しかし,まだ迷いのある初海はその面談にも二つ返事ができない.その夜,初海は覚悟を決めて憲太郎の両親へ電話をかける.

初海と藤太郎はジャズシンガーとして活動する楓のライブに足を運ぶ.いつもの姿からは想像のできないジャズシンガーとしての楓に二人は感動し,その気持ちを共有しながら一緒に帰宅する.その途中,藤太郎は初海へ気持ちの断片を告げる.その返事にまごつく初海に焦る藤太郎は「まだ元カレのことを忘れられないんですか?」と,つい聞いてしまう.それに困惑する初海は「一人で帰っていいですか」と藤太郎と別れ一人で帰宅する.

7月31日,初海はまだ整理のつかない気持ちを抱えたまま憲太郎の実家のある富山県朝日町を訪れる.そこでは,憲太郎の父,風間幸男(志賀廣太郎)と母,風間沓子(高橋恵子)が初海を暖かく迎え入れてくれる.沓子は初海に憲太郎の子供の頃の話を写真を交えて語る.

親切にしてくれる沓子に初海は「実は憲太郎が亡くなる4ヶ月前に別れている」という事実を告げる.沓子はその事実に戸惑いながら「人生とは失っていくもの,その中で新しい自分を見つけていけばいい」と初海の告白を受け入れる.そうして初海はこれまで一人で抱えていた罪悪感から解放される.

その夜,初海は夢を見る.夏の夕暮れどきに憲太郎からの最後の手紙が自分の部屋の中で燃えていく夢を.

次の日,早朝に目覚めた初海は,3年前に憲太郎を亡くしたときに一人で来た桜並木まで歩いていく.そこは初海が何度も夢で見た場所.そこで初海は青く茂る桜の木々に囲まれる.ここで初海の四月はようやく終わりを迎える.

富山からの帰り道に初海は近くの定食屋へ寄る.そこで偶然かかっていたラジオ番組へ耳を傾ける.ゆっくりと流れるラジオから突然藤太郎の名前が聞こえてくる.初海はハッとする.藤太郎は初海へ失礼なことを言ってしまったこと,そのことを後悔していること,会って謝りたいことをメッセージとして伝える.それを聞いた初海は思わずラジオの方へ振り向き,その向こうにいる藤太郎に笑顔を溢す.

四月の永い夢のキャスト

滝本初海: 朝倉あき
志熊藤太郎: 三浦貴大


村松楓: 川崎ゆり子
朋子: 青柳文子


忍: 高橋由美子
蕎麦屋の老店主: 森次晃嗣


風間幸男(憲太郎の父):志賀廣太郎
風間沓子(憲太郎の母):高橋恵子

監督の中川龍太郎さんは「かぐや姫の物語」を観たときに,そこで主演の声優をつとめた朝倉あきさんの声に魅了されたそう.そして今回の四月の永い夢へキャスティング.

四月の永い夢は朝倉あきさんによる詩の朗読から始まる.あの詩の世界,そして声に魅了されてしまった人は多いと思う.僕もその一人だ.

映画のすべてにおいて,朝倉あきさんのセリフひとつひとつが丁寧で愛おしい.

また,出演者それぞれが見せる感情の断片は繊細かつわかりやすく描かれている.

決して派手ではないけれど柔らかな物語の展開に,ちょっと刺激が足りないと感じる人もいるかもしれないけれど,丁寧に描かれる感情に寄り添えば,それぞれに内包される隠された感情に気づくはずだ.

四月の永い夢のロケ地

四月の永い夢は東京国立市と富山県朝日町で撮影されている.

気になったのでロケ地の地図を調べてみた.聖地巡礼したい方は参考にしてほしい.

僕もいずれ聖地巡礼をしてみたいと考えている.

国立市

国立市のロケは国立駅を中心に行われた.

半径500mくらいにコンパクトに収まっているので,徒歩でも巡ることができる.

初海の働く蕎麦屋さんは大作さんというお店.一度行ってみたい.

初海のよく通う銭湯は鳩の湯さん.2020年に改装して新しくなっている.ロゴが可愛い.

鳩の湯 | くにたちのお風呂屋さん
くにたちのお風呂屋さん 鳩の湯

初海が忍から閉店を告げられるブランコ通り.

https://twitter.com/tamaeiga/status/1114470319962578944

藤太郎が個展を開く国立市公民館

初海が帽子を購入するアトリエ関さん

x.com

初海と朋子や楓と会話する白十字さん

https://twitter.com/tamaeiga/status/1115889160487952386

初海がベンチに座ってサンドイッチを食べたり,楓と雨宿りする谷保第四公園

https://twitter.com/tamaeiga/status/1115903886479503361

初海が求人冊子を眺めるパモジャさん

富山市

富山のロケ地は広範囲だから車がないとキツいかな.

朋子の働く中学校.映画では東京の設定だけれど,実際の撮影は富山県立泊高等学校で行われた.

憲太郎の妹が働く朝日町役場

映画のラストを飾る食事処 結.

初海が早朝に散歩へ出かける田んぼ道.笹川というところにあるらしい.住所までは特定できないので,探してみるのも面白い.



四月の永い夢の考察

四月の永い夢を見た感想をさまざまなポイントをピックアップし考察を交えながら述べていく.

この映画の主題は,初海の罪からの解放.

主題に喪失感を意識する人も多いと思うけれど,それよりも罪悪感の方が大きく描かれている.

初海には憲太郎の喪失感はあまりない

初恋の人を亡くした喪失感から立ち直っていく初海の姿を描く映画,といった印象を受けるかもしれないけれど,この映画の本当に語りたいところはそこではないと思う.

例えば,序盤で,初海が一人で銭湯の湯船につかり,自分の右手を眺めながら憲太郎との何気ない会話を回想するカットから,「そういえば,あんなことも言われたっけな」と過去の言葉を自分の右手の向こうから聞いているように感じる.

この時の初海の表情からもあまり喪失感を感じとることができない.

そのすぐ後のカットでは,憲太郎の母親,沓子から送られた,未開封のままの憲太郎の手紙が映る.

普通,手紙をもらったときはその内容が気になりすぐに開封すると思う.

しかし,このときの初海はまだ手紙を開封できずにいた.

それは,手紙の内容を知ることが怖かったからだろう.

もし,喪失感を持ち合わせていれば,すぐにでも開封し手紙の向こうの憲太郎に会いたいはず.

つまり,このカットからは憲太郎に対して後ろめたい気持ちがあると汲み取ることができる.

また,朋子から非常勤としてのピンチヒッターを打診されるシーンでこのようなやりとりがある.

朋子「いつまでもあいつに引きずられているって訳にもいかないでしょ」

初海「うーん,そういう訳でもないんだけどね」

監督,脚本: 中川龍太郎, 「四月の永い夢」, (c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema, 2018

ここでの初海の態度は,曖昧だけれどしっかりと喪失感とは別の気持ちを持っていることを示す.

さらに,朋子と目を合わせようとしない初海の態度は,その気持ちをまだ朋子に打ち明けていないことを表している.

決定的なのは,初海と楓が二人で銭湯へ行き,憲太郎の最後のFacebookへの投稿を話す場面.

ここでも初海は笑顔でこう語る.

「亡くなる前にお洒落パスタかよ」

監督,脚本: 中川龍太郎, 「四月の永い夢」, (c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema, 2018

亡くなった過去の恋人の話を,すこし冗談っぽく話す初海.

冒頭の30分ほどのカットで,初海の憲太郎への気持ちはすでに昇華され,思い出となっていることを確認できる.

一方で,初海はまだ昇華しきれない喪失感とは別の感情を持っていることを感じる.

初海の持っているもう一つの感情は罪悪感

初海のまだ昇華しきれない感情は罪悪感だ.

それは上記のように憲太郎の最後の手紙をずっと開封できずにいるところからも知ることができる.

初海が罪悪感を感じてしまうのは,2つのポイントから理解できる.

憲太郎が亡くなる4ヶ月前に別れてしまった
憲太郎が亡くなった本当の理由を知らない

きっと初海の方から憲太郎へ別れを切り出したと推測できる.

それは憲太郎と初海の手紙の量からも明らかだ.

たくさんの手紙を送る憲太郎に対して,1通しか送ったことのない初海.

ここから憲太郎と初海の温度差を知ることができる.

また,憲太郎は亡くなる1時間前にFacebookへパスタの写真を投稿していた.

きっと憲太郎のSNS上では何ら変わりのない投稿が続けられていたのだろう.

そこへ突然の訃報が入る.初海は遺書を持っている様子はない.

つまり,初海は憲太郎が亡くなった本当の理由を知らない.

こういった状況を整理すると,真面目な性格な初海は「自分との別れを苦に亡くなってしまった」と感じてもおかしくない.

だから初海は罪悪感を抱えたまま生きることとなる.

藤太郎への恋も罪悪感から踏みとどまる初海

楓と一緒に商工会のBBQへ参加した初海は,忍の計らいもあって藤太郎と二人で帰宅する.

途中,藤太郎の勤める染物工場を案内された初海は藤太郎の想いに気づく.

その帰り道,藤太郎と別れ一人になった初海はお気に入りの「書を持ち僕は旅に出る」を聴きながら足取りも軽くなる.

それはきっと,3年ぶりに花火を観れたこと,藤太郎との時間が少なからず楽しかったからだろう.

しかし,初海は突然,音楽と足を止めてしまう.

これはきっと藤太郎といる間,忘れていた罪悪感に気づいたから.

「私,何やってるんだろう」

きっと初海は心の中でそう思ったはず.

この状況から,憲太郎に対する罪悪感から,現実を心から楽しむことのできない初海の姿を伺うことができる.

罪の告白を決心する初海

藤太郎との出会い,朋子から非常勤としての音楽教師復帰への誘い.

時は進めどまだ夢の続きを漂い続ける初海は,ついに罪の告白を決心する.

その決断の重さは,初海が憲太郎の両親へ電話をかける場面に丁寧に描かれている.

手紙をもらってから電話をかけるかどうかをずっと悩み続け,そして,意を決して電話をかける.

その声は震え,とても緊張している.

電話の中で憲太郎の両親を「お父さん,お母さん」と呼んでいるところから,初海と憲太郎の両親はとても仲がいいことが伺える.

しかし,初海の声は終始緊張しており,ため息さえ漏らしてしまう.

気の知れた関係であればそこまで緊張する必要はない.

この緊張している初海の姿から,決断の重さを知ることができる.

きっと初海はこう考えている.

この告白によって,これまでの良好な関係が崩れてしまうかも知れないし,両親を傷つけてしまうかもしれない.

ここはとても短いカットだけれど,初海が3年もの間背負っていた罪悪感の重さを知ることができる.

罪の告白と罪からの解放

初海は7月の終わりに両親のもとを訪れる.

これは憲太郎の母,沓子からの手紙で「遊びに来てね」と誘いをもらったことがきっかけだ.

初海は憲太郎の亡くなった後に両親のもとを一度も訪れていないのだろう.

なぜなら初海はずっと罪悪感を感じていたから.

そのような心理状態で,自ら会いにいくことはできないはず.

駅に到着したあとも「本当に来てしまったけれど,,ちゃんと真実を伝えられるだろうか..」といった不安な様子が伺える.

初海は憲太郎の両親と妹の勧めで一晩泊めてもらい,その夜に憲太郎の母,沓子と一緒に憲太郎の幼い頃の写真を眺める.

そのとき,初海は勇気を出して沓子へ告白する.

この場面は四月の永い夢のクライマックスだ.

初海「お母さん,ごめんなさい.私,別れてるんです.亡くなる4ヶ月前に,そのことをずっと誰にも言えないできました,ごめんなさい.」

監督,脚本: 中川龍太郎, 「四月の永い夢」, (c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema, 2018

初海はこれまで誰にも告白できないでいた,憲太郎と別れていた事実を告白する.

なぜ3年もの間告白できなかったのか.

それは,その告白によって初海のことを気にかけてくれる憲太郎の両親を傷つけてしまうかもしれないから.

映画の中では憲太郎がなぜ殉死してしまったのかは一切触れられていない.

その理由を知らない初海は,自分と別れたことがそれの一つの原因と考えていたのだろう.

別れた後も憲太郎は初海のことが大好きだった.

初海がその気持ちを知っていれば尚更,罪の意識は大きくなるだろう.

そして,初海のこの告白に沓子は続ける.

このセリフはとても印象的で説得力のあるものと感じた人も多いはず.

沓子
「人生とは何かを獲得していくことだって思ってるかもしれないし,私にとってもある時期まではそう言うふうに見えていたけど,でも本当は,人生って失っていくことなんじゃないかなって思うようになった.その失い続ける中でその度に本当の自分自身を発見していくしかないんじゃないかなって.」

「私たちこそ,私こそごめんね」

「これだけは言わせて.憲太郎と同じ時間を過ごしてくれたこと,本当にありがとうございました.」

監督,脚本: 中川龍太郎, 「四月の永い夢」, (c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema, 2018

ここでは沓子も謝っている.

一つ目の「私たちこそ」の謝罪は,憲太郎の死が初海を長く苦しめていたことに対する謝罪.

二つ目の「私こそ」の謝罪は,沓子が初海のその気持ちに気付いてあげられなかったことに対する謝罪だろう.

初海は,沓子からのこの言葉によって罪の気持ちから解放される.

それは次に続く不思議なカットで決定的となる.

このカットはとても特徴的だ.

初海の住むアパートだけれど様子が少し違う.

整然とした部屋に畳に敷かれている布団と二つの枕.

ローテーブルの上にラジオがあり,そこで憲太郎からの最後の手紙が燃えているように見える.

これは初海がその夜見た夢だろう.

手紙を燃やす夢は,何かに区切りをつけると言われている.

現実と少し異なる曖昧な部屋の様子や,こだまする初海の名前.入り乱れるセミの声とせせらぎの音.

こういった表現は夢の中を上手に描写している.

その夢のあと,早朝に目覚めた初海は一人散歩へ出かける.

そして向かった先は,3年前の春に憲太郎を亡くしたときに訪れた桜並木のある叢林だ.

ここで初海が憲太郎に宛てた手紙を朗読する.

初海はこの手紙の中でふたつのことを伝える.

– 憲太郎の気持ちにちゃんと向き合えていなかったこと
– 憲太郎の素直でない表現がずっと嫌いだったこと

この初海の気持ちは,生前に憲太郎へちゃんと伝えられていかなったはず.

そうした気持ちをこの手紙を通して伝え,初海は完全に解放される.

初海を罪悪感から解放した要因はいくつかあるのでポイントをまとめる.

– 憲太郎の母,沓子へ亡くなる4ヶ月前に別れていたことを告白したこと
– その告白を許してもらえたこと
– 憲太郎へあてた手紙で,伝えられなかった気持ちを伝えたこと

初海は8月1日,3年前の春からずっとうずくまっていた夢のほとりからようやく歩き出す.

憲太郎からの最後の手紙と初海からの返事の考察

終盤でやりとりされる,憲太郎と初海の手紙の内容について考察してみようと思う.

まず憲太郎から初海へ宛てた手紙を見てみよう.

初海へ

これまでたくさんの手紙を書いてきたけれど,これが最後になるとおもう.
ラブレターというのは自分が言いたいことじゃなくて,相手が喜ぶことを書きなさい,と誰かが言っていたけれど,
結局のところ自分の書きたいことだけを書きつづけてきたのではないかと思う.

誰のせいでもない.
これはあらかじめ決められていたことなんだ.

もちろん初海はなにも悪くない.
ただどうか,他の連中の話を真に受けないでほしい.

僕のことは忘れて幸せになってください.

風間憲太郎

監督,脚本: 中川龍太郎, 「四月の永い夢」, (c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema, 2018

この内容から憲太郎の人物像を想像してみよう.

1行目の「これが最後になるとおもう」という文章から,憲太郎が現世へ残した未練を感じ取れる.

もし覚悟を決めていれば「これが最後の手紙になる」と断言するはずだ.

2行目から3行目にかけて「これまで自分の気持ちばかり言ってしまってごめん」と許しを求めている.

「もちろん初海はなにも悪くない」

この1行に憲太郎の優しさが表現される.

何も言わずこの世を去ったあと,残された初海はきっと自分を責めるだろう.

そう思っていたのだろう.

初海のことを誰よりも理解しているからこを,残せた言葉ではないだろうか.

「僕のことは忘れて幸せになってください」

この言葉からは,初海へ気持ちが届かない苦しさがにじみ出ている.

「どうせ僕なんて好きになってもらえない,もう二度と振り向いてもらえない」

すこしひねくれた,素直になれない感情ではないだろうか.

憲太郎は本当に初海のことが大好きだったのだろう.

また,冒頭の詩の中で次のよう一文がある.

とても不思議な人だった.

けっして目を合わせようとしない人だった.

けれども,とても優しい人だった.

監督,脚本: 中川龍太郎, 「四月の永い夢」, (c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema, 2018

この詩と合わせても,憲太郎は不器用で奥手で素直に感情を伝えられない人なのだろう.

そして,この手紙は内容から,これは遺書と読み取ることができる.

両親がこの手紙を見つけ,初海に届けてくれることを期待していたのだろう.

しかし,両親にとっても憲太郎の死はとても重く,この手紙にたどり着くまで3年もの時間を必要としてしまったのだ.

もしこの手紙がもっと早く初海のもとへ届けられていれば,初海の人生はまた違っていたのかも知れない.

次に,この手紙に対する初海の手紙を見ていこう.

風間憲太郎 様

今までたくさんのお手紙をありがとう.

知り合った時から,数え切れないほどのお手紙をくれましたね.

思い返せば私が手紙を憲太郎に渡したのは一度だけだったような気がします.

筆不精でごめんなさい.

渡せていない手紙はたくさんあるのだけれど,渡さなかったら手紙って意味ないよね.

ところで,先だってのお手紙について一つ言わせてください.

忘れてください.なんて書いておいて,本当はずっと覚えておいてほしいという気持ちが透けて見える感じ.

あなたのそう言うところが,ずっと嫌いでした.

でも,あたながくれた手紙は全部私の宝物ですし,それはこれからも変わりません.

また書きます.ありがとう.

2016年8月1日
滝本初海

追伸,こちらはもう夏です.暑くてかないませんが,悪くありません.

監督,脚本: 中川龍太郎, 「四月の永い夢」, (c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema, 2018

この手紙の内容から,初海の憲太郎へ対する気持ちが伺える.

初海にとって憲太郎はすでに過去の人だ.

まず,付き合っているときも,別れてしまったあとも,初海はたった1通の手紙しか出してない.

ここから,初海よりも憲太郎の方が気持ちが大きかったことがわかる.

そして,初海は憲太郎に対して思うとろがあり,別れたということが次の一文からわかる.

忘れてください.なんて書いておいて,本当はずっと覚えておいてほしいという気持ちが透けて見える感じ.

あなたのそう言うところが,ずっと嫌いでした.

監督,脚本: 中川龍太郎, 「四月の永い夢」, (c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema, 2018

初海は憲太郎のこういった素直でないところがずっと嫌いだった.

そういうところもあって亡くなる4ヶ月前に別れたのだと思う.

それでも次に続く文で,憲太郎に感謝の言葉を述べている.

でも,あたながくれた手紙は全部私の宝物ですし,それはこれからも変わりません.

初海の心には憲太郎への未練はないけれど,過去はすべて大切な思い出として昇華している.

そして,次の一文で締め括られる.

また書きます.ありがとう.

監督,脚本: 中川龍太郎, 「四月の永い夢」, (c)WIT STUDIO / Tokyo New Cinema, 2018

ここから,思い出との距離感と,これからもずっと初海の心のなかで生き続ける憲太郎の姿が見える.

「ずっと嫌いでした」と言っておきながら,ちゃんと憲太郎の気持ちを汲んで,これからもずっと忘れずに大切な思い出として心にしまっておく初海の優しさがにじみ出ている.

初海は憲太郎からの最後の手紙をどんな気持ちで読んだのだろう.

きっと,いつもと変わらない憲太郎の姿がそこにはあったのだろう.

そして初海は新しい人生を歩み始める.

初海と藤太郎のその後は

富山からの帰路で初海はある定食屋さんへ足を運ぶ.

そのお店のラジオではたまたま初海の好きな番組で,そして偶然に藤太郎のメッセージが読まれる.

そのメッセージを聞いた初海はハッとし,そして最後に満面の笑顔を見せる.

この笑顔が,今後の二人の行方を示している.

東京に戻った初海はきっと藤太郎に会うだろう.

その後の展開は観る人それぞれの余韻にまかせたい.

ただ,どんな形であれ幸せになってほしいなと思う.

その他の細かいなところ

いくつか散りばめられている細かな演出について触れたい.

忍は影の立役者

初海と藤太郎の距離はだんだんと縮まっていくけれど,それは忍の計らいによるところが大きい.

2年間,蕎麦屋へ通う藤太郎の視線を忍は知っていたはず.

だから,藤太郎が初海へ個展のチラシを渡す場面では,忍は初海と藤太郎が二人っきりになるよう,厨房の奥へ入っていく.

そして,花火大会が終わったあとも,二人に後片付けをまかせ,自分たちは車で帰ってしまう.

この計らいによって,初海と藤太郎の距離はグッと近づくことになる.

個人的には,屋上でBBQの準備しているときの,藤太郎が現れたときに忍が見せた表情がとても印象的だった.

初海はサンドイッチ好き

初海とサンドイッチの組み合わせのシーンは度々登場する.

1度目は,めぞん一刻を読みながら家でダラダラと過ごしているとき.

2度目は,公園のベンチで水遊びをする子供たちを眺めながらピクニックをしているとき.

そして3度目は,最後に訪れる定食屋での注文だ.

このサンドイッチはどんなメタファーなのかわからないけれど,初海の住む家の昭和感のあるインテリアとギャップがあり,過去と未来の混沌を印象付ける.

サンドイッチ好きところは,個人的にとても気に入っている.

常に枕は二つある

初海の起床シーンは2度あって,どちらも初海は右に寄って寝ている.

そしてちゃんと枕は二つ準備してある.

恋人がいなければ,枕は一つで十分なはずだ.

だけれど二つ準備してあるということは,憲太郎と過ごした時間からまだ抜け出せていない初海の心を印象付ける.

また,二人の手が絡まる場面があるけれど,そのときは初海は左側で寝ている.

これは単純に男性が右側に行きたくなる心理を素直に表している.

こんな細かな設定もちゃんとしてあってすごいなと思う.

四月の永い夢の感想

四月の永い夢は,誰でも抱えうる罪悪感とそれからの解放を描いている.

僕がこの映画で感じたことは,どんな感情であれ解決できるのは自分自身の行動によってのみということ.

他人に癒しをもとめても,それはその感情をただ隠すだけで,解決することはできない.

初海と同じような感情を抱きながら生きている人は多いかもしれない.

慣らされてしまえば,その感情と同居して暮らしていくことは普通になる.

そうやって過去の感情の中に生きているのなら,自ら行動してその感情の中から抜け出してほしいと思う.

それでも,何をしたらいいのか?どう行動したらいいのか?それは自分で見つけるしかない.

正解のない答えをさがし彷徨うよう,それが人生なのかなと思う.



四月の永い夢 レビューのまとめ

思うままに書いていたら10000文字を超えてしまった.

それぞれの役者がその役になりきり,きめ細かな感情を丁寧に表現している.

だから,ついつい「ああ,そうだよね」とそれぞれの役者に感情移入してしまう.

中川龍太郎さんの映画はこれが初めてだったけれど,役者それぞれの感情を引き出すのが上手だなと思う.

これから他の作品も観ていきたいと思う.

四月の永い夢は多くを語らない.だけれど散りばめられているヒントからそれぞれの感情を想像する余白がたっぷりとある.

観た後に「面白かった」と一言で片付けられるものではなく,余韻の中にそれぞれの感情を見つけていくような,そんな滋味のある作品だ.

きっとその感情は,観る人それぞれの経験によって異なってくるだろう.

余韻の中に自分だけの物語を見つけてほしい.

以上

コメント

タイトルとURLをコピーしました