「もういちど生まれる」というタイトルには,「もういちど生まれることはできない」という意味が込められているのではないか——そんな思いを抱きながら,読み進めた.二十歳になる手前の男女の物語.ちょうど子どもから大人へいろいろな経験をしながら変わりつつある時期のそれぞれの悩みが描かれている.
第一話「ひーちゃんは線香花火」は子供のころに描いていた二十歳と今の自分のギャップが強調される.
成長しない一カ月がこんなにも積み重なって,あたしはもう十九になってしまった.朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P.13
んーなんか,あたしが子どものころ想像してた二十歳って,こんなんじゃなかったもん.朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P.31
あと二十年経っても,私,鮭焼いてると思うよ.そういうことだと思うよ,きっと.朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P32
二十歳近くになってヤキモチ妬いてほしいとか,ダサすぎる.朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P.33
自分という形は今後一切変わっていかないのかもしれない,と思うことがある.朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P.52
こういったギャップは誰だってきっと経験することだと思うし,それは自分の自信のなさ,つまり成功体験の少なさに由来するものだと思う.このあたりの感情は朝井リョウ「桐島,部活やめるってよ」でも描かれていて,たとえば野球部の菊池が映像部の前田のやりたいことを見つけている姿に光を感じたように,やりたいことを見つけられていない,言いかえればまだまだ可能性のある時期に抱える思春期独特の悩みだと思う.
第一話で登場する3人には共通して孤独が見え隠れしていて,きっとそこは話の本質ではないかもしれないけど,第一話から読んでいてすこし切なくなった.
ふたりは,好きって伝え合える関係なんだよ,そんなにもしあわせなことってないよ.朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P.63
第二話「燃えるスカートのあの子」の主人公 翔多はそもそも何者になるとかそういうことは考えていなくて,小説の中でも礼生に言われているけど一番大学生っぽいんだと思う.
もすうぐ二十歳なんだからさ,と思いながら,俺は携帯のロックを外す.どうせ普通の企業に就職しなきゃいけなくなるんだよ.結局は,自分が休んでも,誰かが代わりを務められるような仕事に就くことになる.そこで四十年近く働くんだ.朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P.82
自分は何か持っているって思う人と,自分には何もないって思う人と,どちらが上手に生きていけるのだろう.どちらが辛い思いが少なくて済むのだろう.朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P.101
とはいえ上のようなセリフもあって,やっぱりどう生きたらいいのかなんてわからなくて,もがいている時期なんだと思う.そう思うと大学へ進学する意味もあいまいになってきて,将来やりたいことをするために勉強する,というわけではなくて行けるところに行ってそこでやりたいことを見つけることも多いのかもしれない.
いちど大学へ進学してしまうと,違うことを学びたくなったときにお金も時間もかかるから,高校を卒業するまでにやりたいことを決めておきたいけど,思春期の多感なときに好きなことを一つにするのって相当難しくて,そう思うと人生の選択をするタイミングと心の成長のペースは合っていないような気もする.
いつだってやり直せるという意見もあるけれど,若ければ若いほど時間はあってチャンスもあるから,だからこそやりたいことを早く見つけてそれに情熱を注げるのはいいことだと思う.
第三話「僕は魔法が使えない」
朝井リョウの家族愛を描く話はとても温かい.第三話はそんな話.この小説でいちばん好きな話.
父さんは魔法を使えなかったけれど,いまあの味のカレーを食べたら,あの食卓には魔法がかかる気がした.急に黄金色になったカレーを見て,母さんは泣いてしまうかもしれない.楽しそうに笑うかもしれない.その表情を描きたいと俺は思った.「今度鷹野さんにも教えようと思う」朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P.172
第四話「もういちど生まれる」の衝撃的なセリフ.
「双子なのに,椿と梢を分母と分子にしても1にならないわね」母は,椿の髪を触りながらそういった.朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P.182
こんなひどいことを母親に言われて傷つかない人はいないから,もういちど生まれるというタイトルはやっぱり残酷だと思う.きっとこの言葉を言われたら,だれでももういちど生まれて愛されたいと願うだろう.第四話のラストはタイトル回収をしているようだけど,飛び降りたからといって母親に愛されるわけではなくて,だからやっぱりこのタイトルは残酷だ.
第五話「破りたかったもののすべて」は兄貴には本当の自分を見てほしい,ありのままの自分を受け入れてほしい,そんな強いメッセージだった.
勉強ができたり料理がうまかったり,同じことの繰り返しの日々の中に楽しさを見出せたり,日常に根ざしている才能を「すごい」と感じられるのは,もっともっとあとのことなんだ.朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P.244
私は努力をして,毎日の練習を経て,青いメッシュや深夜のクラブが似合うポジション,教室の中でひとり音楽を聴いていてもおかしくないようなポジションを手に入れている.容姿がいいというのは,生まれもったもの,つまり「才能」だ.「努力」で自分自身を磨いている私とは.「すごい」の種類が違う.朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P.253
私は,ただ単に普通になることを選べなかったから,今の学校にいる.有佐は,特別になることを選んだから,今の学校にいる.その違いは,とても大きい.朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P.274
私はこんなふうに踊れない.こんな将来を手に入れられるような努力も,本当はしていない.
一心不乱にダンサーになるという夢を目指し,他のものはすべて捨てた,特別な存在だという自分.本当は,そんな自分はどこにもいない.朝井リョウ「もういちど生まれる」,幻冬舎文庫 P.277
遥はほんとうはどんな人になりたかったんだろう.すごいと言って認めてもらいたいからダンスを続けてきたんだろうか.本当はほかの人と同じように大学生になりたかったのだろうか.
高校の同級生の椿との話もあって,それは椿の綺麗じゃない部分が描かれていて,梢や翔多から見える椿と本人のギャップはちょっと可哀想で悲しくなった.
さいごに
すべての物語から主人公たちの孤独な心を感じて悲しくなる場面が多かった.朝井リョウは人の陰の部分を丁寧に言語化する能力がすごい.それは誰しも持っていたりいちどは経験があったりするもので,だから読者に寄り添ってくれる作家だとおもう.「悩んでいるのは自分だけじゃない」と丁寧に言葉にしてくれる朝井リョウは,とてもやさしい作家だと思う.
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